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大阪高等裁判所 昭和58年(ネ)2087号 判決 1985年3月19日

控訴人

右代表者法務大臣

嶋崎均

右指定代理人

浦野正幸

津村勇

被控訴人

中前千鶴子

中前為之

中前雄次

村田視江子

中前喜晴

中前博至

右被控訴人ら訴訟代理人

佐々木哲藏

大澤龍司

後藤貞人

佐々木寛

主文

一  原判決中控訴人敗訴部分を取消す。

二  被控訴人らの請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、第一、二審を通じて、被控訴人らの負担とする。

事実《省略》

理由

一<証拠>によれば、中前は、昭和四六年七月二八日午前一〇時、和歌山地方裁判所御坊支部で破産宣告を受け、この破産事件については、昭和四九年一一月二八日、終結決定がされたことが認められ、本件記録によれば、中前の本訴提起が、右宣告日の後である昭和四八年三月一九日であり、中前が昭和五三年一二月一四日に死亡し、その相続人が被控訴人らであることが明らかである。

二名誉を侵害されたことを理由とする慰謝料請求権は、加害者が被害者に対し一定額の慰謝料を支払うことを内容とする合意又はかかる支払を命ずる債務名義が成立したなど、具体的な金額の慰謝料請求権が当事者間において客観的に確定するか、被害者がそれ以前の段階において死亡するまでは、行使上の一身専属性の権利であるところ、前記事実によれば、本件慰謝料請求権は、破産終結の後の行使上の一身専属性を失つたものであるから、破産法二八三条一項後段の適用はなく、破産財団に属さず、本件訴訟は、相続人である被控訴人らにおいて、適法に承継されたものである。

三原判決の請求原因1、2記載の事実は、当事者間に争いがない。

四刑事事件において無罪の判決が確定したというだけで、直ちに公訴の提起が違法となるということはない。公訴の提起は、検察官が裁判所に対して犯罪の成否、刑罰権の存否につき審判を求める意思表示にほかならないのであるから、起訴時あるいは公訴追行時における検察官の心証は、その性質上、判決時における裁判官の心証と異なり、起訴時あるいは公訴追行時における各種の証拠資料を総合勘案して、合理的な判断過程により有罪と認められる嫌疑であれば足りるものである(最高裁判所第二小法廷昭和五三年一〇月二〇日判決、民集三二巻七号一三六七頁参照)。

五そこで、以下検察官が公訴提起時に有していた証拠で、乙号証として提出されたものにより、本件では、起訴時に合理的な判断過程により有罪と認められる嫌疑があつたか否かについて判断する。

六<証拠>を総合すると、

1  本件工事(美浜町第三次上水道施設拡張工事)は、美浜町が施工する工事であつたところ、昭和四一年一月二六日、指名入札業者であつた進弘企業、安田株式会社、株式会社日冷社、三和配管(中西正三)、日高配管(馬上忠夫)の五者に対して、同年二月一〇日午後一時までに書留郵便で入札するように通知され、右五者はこれに応じて定刻までに入札した。進弘企業は、同日午前八時から午後〇時までの間に、速達書留郵便で入札書を発送している(封筒の表に「入札書在」とゴム印が押捺されている)。

2  右五者の入札額は、

(一)  株式会社日冷社、金六八五万円、

(二)  日高配管、金六九〇万円、

(三)  進弘企業、金七二九万円、

(四)  三和配管、金七五八万円、

(五)  安田株式会社、金八一〇万円であつた。

3  本件工事の入札書を開くために、同日午後一時過頃、中前、楠本(建設課長)、井本吏員が集り、楠本が、工事予定額は金七五八万八〇〇〇円であるが、できる限り安い値で請負わせたらよい旨述べたが、中前が、敷札を決め、それを上廻つた入札のうち最低の値の者に請負わせることに決定し、敷札を金七二五万円と定めた上、入札書を開封した。工事予定額は入札前日の同月九日には決定され、中前はその説明を受けていた。

そして、入札の結果は前記のとおりであつたので、進弘企業が本件工事を落札し、美浜町と工事契約をした。

以上の事実が認められ、この認定を覆すに足る証拠はない。

七本件で重要なことは、現金の授受と右敷札の事前の通報である。この二つの事に立ち会つたとされているのは中前と西村の二人だけであるところ、<証拠>によれば、中前は、逮捕後現金の授受については終始否認していたが、捜査の途中から、敷札について設計金額金七五八万八〇〇〇円より、四、五パーセント下る旨を西村に知らせたことは認めていた(<証拠>)。これらに関する西村の供述は、この判決で付加した被控訴人ら主張3(一)及び(三)記載のとおりである(<証拠判断略>)。

八右によれば、西村の供述は、誰が中前に現金を渡したかの点について一貫せず、また、敷札の通報に関する具体的内容について中前の供述とも一致していない。しかし、西村は、中前への現金の授受と敷札の通報を受けたことは認めていたのであり、中前は西村の依頼による敷札の通報を認めていたのである。

九右六ないし八に、

1  中前、西村に対して自白を強要したことを認めるに足る証拠はなく、中前、西村は、自己の刑事責任を追究されているのであるから、真実を述べる義務がないこと。

2  中前が無償で西村に敷札を通報して進弘企業に落札させる理由として、他人を納得させるに足る事実が明らかでないこと(現金の授受がなくても、敷札の通報はしてはならないことである)。

3  敷札を設定し、且つ、金七二五万円と定めた客観的な根拠がないこと。換言すれば、進弘企業に落札させるため、西村に教示した金額に見合うように敷札を定め、金額を決めたとみるのが、入札経過に照らして妥当であること。

4  <証拠>によれば、当麻は、福井地方検察庁で別の同種贈賄事件の取調を受けていた昭和四一年二月二八日及び三月一日に、出張してきた和歌山警察の係官に対し、まず本件贈賄のことを自発的に供述し、更に、福井地方検察庁の取調べに対しても供述していること、右供述によれば、同人は中前に対する現金の授受について、お金は「西村を介して」、あるいは「西村を通じて」渡したと述べ、更に、裸で渡したか、封筒に入れて渡したかについて差異はあるものの、福寿旅館で中前がくる前に二〇万円を西村に渡しておいたと述べており、その点について変化がないこと(なお、<証拠>によれば、当麻は、本件について西村と共謀の贈賄罪として福井地方裁判所に起訴され、右供述等が証拠となつて有罪の判決を受けていることが明らかである)が認められるのであるから、右供述に信用性ありと判断することは妥当であること。

5  授受された金額の二〇万円は、工事金額の金七二九万円と比較して、謝礼として相当範囲内にあること(純利益五パーセント以内であること)。

6  <証拠>によれば、進弘企業の大阪支店工事部長の藤岡英章が、入札の前日に西村から電話があり、金七二九万円で入札せよといわれ、金七三二万円の予定を変更したと供述していたこと。

7  本件では、授受された金員の使途が定められていなかつたのであるから、現金又はそれに関する証拠がなくても、有罪の立証の妨げとはならないこと。

8  <証拠>によれば、美浜町吏員の楠本隆及び辻本正美は、昭和四一年三月一八日、本件の事情聴取のため和歌山県警察本部へ出頭するに際し、中前から種々口止めされたことが認められること。

以上1ないし8を総合して判断すると、検察官が本件公訴を提起したことは、起訴時の証拠資料を総合勘案した合理的な判断による有罪の嫌疑に基づくものと認められる。

そうすると、本件公訴の提起は適法であり、これを違法とする被控訴人らの主張は理由がない。

一〇以上によれば、その余の争点について判断するまでもなく、被控訴人らの請求は、いずれも棄却すべきところ、原判決はこれと結論を異にし、被控訴人らの請求を一部認容したので、原判決中控訴人敗訴部分を取消し、被控訴人らの請求をいずれも棄却し、訴訟費用については、民訴法八九条、九三条一項本文、九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(上田次郎 道下徹 渡辺修明)

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